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【書評】綺麗と悲しいと切ないがたくさん詰まった、魅惑の小説 乾ルカ『ミツハの一族』

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こんにちは、きんどるどうでしょうです。新企画「きんどうが気になってる新刊を代わりに紹介してください(仮)」。文庫化でお手頃価格になりました乾ルカ『ミツハの一族』のレビューをいただきました。

Kindleでは2015年発売の単行本といまも併売されていてちょっとややこしい状況ですね。さて本作は「大正時代の北海道を舞台にした著者渾身のミステリ」と銘打たれてますね。

乾ルカさんは先日代表作の『メグル』が日替わりセールになっていましたが、死を題材にしながらもホラーというよりは死者の孤独などを描くことに長けた作家さん。"衝撃のラストまで一気読み必至!"という連作短編集を是非お楽しみください。


綺麗と悲しいと切ないがたくさん詰まった、魅惑の小説 乾ルカ『ミツハの一族』

きんどうさんの企画で書評を書かせて頂くのは二回目になります、えー@a_granhonと申します。よろしくお願いします。このたび私が紹介するのは、乾ルカさん著『ミツハの一族』です。

個人的に、乾ルカさんは短編の名手だと思っています。なにせデビュー作、直木賞候補作、大藪春彦賞候補作のどれもが短編集ときているのですから。作風の傾向としては、ホラーテイストだったり、どこか死を連想させるような、ダークなファンタジー要素を含んでいることが多いでしょうか。

本作『ミツハの一族』も五本の短編からなる連作形式で、さらには死者の想念を題材としており、作者が最も得意とする分野で書き上げたことになります。迷信と怪綺談、そしてどこか切ない結末。過去の作品でいえば、デビュー作である『夏光』との類似点が顕著ですね。作家生活の初期から描き続けている世界観を、今回も披露してくれます

死者の未練が村を滅ぼす

舞台は大正時代の北海道。遠い信州の地から入植してきた人々の暮らす集落、小安辺村で物語は展開されていきます。

村人の多くは入植以前から農業で生計を立てており、水源の確保は死活問題です。生きるため森を拓き、池を作り、村に水を引く。そこまではよかったのですが、とある問題が発生します。せっかく苦労して作り上げた池の水が、赤く濁り始めてしまったのです。

村人達に代々伝わる伝承によれば、水が濁るのは死者の無念が原因とされています。この世に未練を残して死んだ者は鬼となり、村の水を赤く濁す。未練を断ち切らない限り、水は元に戻らない。放っておくと、村は滅びるしかない。

そもそも彼らが北海道に入植してきた理由も、鬼と化した死者によって故郷の水源を汚されてしまったせいだったりします。一度滅んでしまった村の住民が新天地でも同じ危機に見舞われているという、切羽詰まった状況からストーリーは開始します。

村を救える唯一の一族

そんな小安部村ですがまだ希望は残されており、それが八尾一族の男女です。この家系は水の神を祀る神職の一族で、男は烏目役と呼ばれ、絶大な権力を与えられています。命じさえすれば、村人の命さえ自由にできるほとに。

女の方は水守と呼ばれ、池に立つ死者の姿を見ることができる、一種の霊視能力を授かっています。この男女ペアの探偵役がそれぞれの力を合わせて、鬼と化した死者の未練を晴らしていくミステリ風のストーリー仕立てとなっています。

鬼となった死者は誰なのか? 何が心残りなのか? 推理し、解決する。とはいっても謎解きそのものが主題ではなく、どちらかというと人間模様を描くことに力を入れているように感じます。出て来る鬼達も攻撃的な悪霊というわけではなく、同情的な理由でこの世に留まっている悲痛な地縛霊とでもいうべき存在で、なんとしても彼らの無念を晴らし、成仏させてあげたいと思わせるようなケースが多いです。

耽美に彩られた世界観

と、ここまで紹介したのは作品の骨組みであるあらすじ部分で、肉付けである文章のトーンはというと、しっとりした繊細な筆致が続きます。人も自然もどこか湿り気を帯びた、危険な美しさを孕んだものとして描かれています

特に八尾一族の女、水守は妖しげな存在感を放っており、その美貌から作中の男達を次々と虜にしていきます。主人公にして鳥目役の八尾清次郎もまた心を奪われた者の一人なのですが、水守の肉体が抱える様々な事情により二人が結ばれるのは困難となっています。

恋と呼ぶには距離があり、かといって友情や信頼と呼ぶには踏み込み過ぎている。清次郎と水守の、危うい関係性も本作の見所でしょうか。悲恋、あるいは禁断の恋と言って構わないと思います。水守の身体的な事情は早くに明かされるのですが、それによって大きく魅力が損なわれるとは感じませんでした。むしろ人によってはさらに思い入れが強まるかもしれません。

肉体という枷があるからこそ、プラトニックに燃え上がる清次郎に感情移入するのはそう難しくないはずです。読んでいるうちに私はどんどん水守の幸せを願うようになっていました。非常に特殊な設定でありながら、読む者を惹きつける手腕は見事と言わざるを得ません。

危うい魅力に溢れた、水守のキャラクター性が本作を読み進める原動力になる方は多いと思われます。
 

和風ミステリ、伝奇好きには特にお勧め

因習の支配する、古い日本で起こる事件を題材としているためか、横溝正史作品に通じるものがあると感じました。それをよりナイーブに、女性的な方向にしたような雰囲気でしょうか。鬱蒼とした森の奥にある池で、死者にひっそりと語りかける情景を思い浮かべながら読むのは、今の季節にぴったりなはずです。綺麗と悲しいと切ないがたくさん詰まった、魅惑の乾ルカ空間をぜひ皆さんにも堪能して頂きたいと思います。

AmazonKindle電子書籍で『ミツハの一族』

ミツハの一族 (創元推理文庫)

乾 ルカ (著)
価格:670円

未練を残して死んだ者は鬼となり、水源を涸らし村を滅ぼす―。鬼の未練の原因を突き止めて解消し、常世に送れるのは、八尾一族の「烏目役」と「水守」ただ二人のみ。大正12年、H帝国大学に通う八尾清次郎に、烏目役の従敬が死んだと報せが届いた。新たな烏目役として村を訪ねた清次郎。そこで出会った美しい水守と、過酷な運命に晒される清次郎を描く、深愛に満ちた連作集。

【東京創元社無料読本】 乾ルカからの招待 ここだけの『ミツハの一族』

乾 ルカ (著)
価格:0円 無料

2015年4月、大正時代の北海道を舞台に、水辺を守る一族を鋭く描いた著者渾身の連作ミステリ『ミツハの一族』を刊行いたしました。その魅力を、多くの皆様に楽しんでいただくため、『ミツハの一族』収録の短編「水面水鬼」をまるごと一編立読み増量版として、また、より作品世界を楽しんでいただけるよう、本作にも登場する北海道大学について語ったエッセイ「北海道大学とわたし」、メールインタビュー「ミツハを楽しむ十の質問」をあわせてお届けいたします。

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