こんにちは、きんどるどうでしょうです。きんどうが気になってる新刊を代わりに紹介してくださいというゲスト書評企画。ドラマ化された『野ブタ。をプロデュース』の作者・白岩玄さんの新境地という『世界のすべてのさよなら』のレビューをいただきました。
本作は"30歳になった同級生四人の物語"という失われた時間と関係性を描くオムニバス形式の小説です。『野ブタ』と聞くと青春のイメージが強いですが、主人公は30歳とこれは確かに新境地という気がしますね。
レビュアーさんは"この本のテーマは『成長』"とおっしゃっていますが、さて少年から青年、そして中年にさしかかる時にどう成長が描かれるんでしょうか。
今だからこそかける『野ブタ』の作者の新境地『世界のすべてのさよなら』
初めまして、白岩玄さん著の「世界のすべてのさよなら」の書評を担当させていただきました片倉九時@katakura_czです。よろしくお願いします。
まず最初に白岩玄さんは『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞受賞作品であり、芥川賞候補にもなりドラマ化もしました。ドラマの際には亀梨と山Pのユニット、『修二と彰』を組み『青春アミーゴ』でミリオンセラーを出しました。懐かしいですね。地元じゃ負け知らずですね。
さて、この本の帯には『野ブタ。をプロデュース』の著者、新境地。とかいてあります。まず新境地とはどういうことか。『境地』を新明解第五版国語辞典で引くと①環境②何かを経験した結果到達した、心の状態③その人独自の世界観に基づいたやり方。とある。では何が新境地なのか?この場合③になるであろう。
『野ブタ』ではいじめから信太をプロデュースしていじめを無くすという目的があった。彼の著書『ヒーロー』ではいじめを大仏のお面をかぶってショーをしていじめを無くすという彼独自の奇抜な発想があった。それが今回はなくなっている。もし『野ブタをプロデュース』と同じようなものを期待している読者がいたらがっかりしてしまうかもしれない。
だが、新しい境地に達した白岩玄さんの著書と宣伝されたものを読んでみたいと思わないだろうか?一人の作家が一つの殻を破った姿を読んでみたいと思わないだろうか?
「世界のすべてのさよなら」物語概要
「世界のすべてのさよなら」は4人の美大出身者が社会人になってからの生活をオムニバス形式で書かれている。
広告代理店で働き最近結婚した悠。
年下の恋人がいる翠。
画家としての才がある竜平。
広告代理店から最近職を変えた瑛一。
悠と瑛一の仲がよく部屋を二人で借りてそこにたまに4人で集まったり個別に会ったりする。そんな4人の物語だ。登場人物の悠と瑛一は広告代理店で働いているのは作者がそちらの方にいた経験を生かしているからだろう。
白岩玄さんの既刊『R30欲望のスイッチ』のあとがきに、
ぼくは完全に小説畑の人間かというとそうでもなくて、二十歳の頃は専門学校で広告デザインを学んでいた。おまけに宣伝会議が主催しているコピーライター養成所にも通ったことがある。
とある。白岩玄さん自身の広告にかける思いは強く、広告代理店で働く悠のセリフに、
広告ってさ、人と人ををつなぐものだと思うんだ。いい広告を作れば、消費者と企業を結び付けることができるし、そこに新しい関係性を生むことがだってできる。広告は邪魔なものとして嫌厭されることもあるけれどさ、CMやポスターが記憶に残って商品や企業を身近に感じることができたなら、それはすごく価値のあることだと思うんだよ。だってそのとき湧いてくる、何かに親しみを感じる気持ちは、決して人を孤独にしないポジティブな感情だからな
この広告に対しての熱意は著者自身のものでもあるだろう。そんな広告代理店で働く中での楽しみと苦悩も「世界のすべてのさよなら」には描かれている
年下の恋人がいる翠は女性ならではの問題を抱えている。それは同じく『R30欲望のスイッチ』にある『女性としての自分の賞味期限』の問題だ。男性のアイドルは年をとっても活躍し続けるが、女性のアイドルはいつか卒業していく。そして出産という男性にはないタイムリミットもある。
しかし、大人になったからこそ普段の生活の中から学生のようにただ上に目指すだけではなく、じっくりと自分を見つめなおしていくことができるのだろう。作中で婚活をずっとしていた女友達がいきなり「陶芸家になる!」と言い出す場面がある。それはとある映画を観て自分にとって本当に大事なのは何だろうと考えた結果だからだ。
その映画はゲイが主人公で自分の恋が砕けたときにこんなシーンがある。
『彼は洗面所の鏡の前に立って自分に問いかける。What do you want? 何が欲しい?』
そのシーンを見て、大人になった彼女の友人は余裕をもって自分を見つめなおし、陶芸家になると決めたのだ。それは『野ブタ』や『ヒーロー』の頃には出来なかった事だ。 画家の才があった竜平には両親がいなかった。だがいなかったからこそ世界との溝ができ、それが彼の才能の一部になっていた。
作者の伝えたいこと
私はこの本のテーマは『成長』だと思っている。それはこの本の中の人物の成長という事だけでなく、昔「野ブタ。をプロデュース」を読んだ読者。そして作者の事でもある。「野ブタ」の初出は『文藝』の2004年の冬。「世界のすべて」は2017年6月。実に13年の歳月がたっている。この本は著者と読者との再会の場でもある。
題名の「世界のすべてのさよなら」にもそれが表れていると思う。「さよなら」という別れはある意味新しい出発という意味も兼ねていると思うからだ。『野ブタ』の頃のように突っ走った文章はもう書けないかもしれない。でもだからこそ今歳を取った私たちに届く文章が書けるようになったのだ。
ありふれた日常を書けるようになった白岩玄の新境地。「世界のすべてのさよなら」一読の価値あると思います。
最後に
ここまで書くと野ブタや白岩玄さんの著作を読んでない人とは関係なさそうな感じですが、そうではありません。それは題名に「世界の」と書かれているからです。つまりこの物語で起きる「さよなら」は世界=普遍的なものであり、これからのあなたの人生に「さよなら」が起きる可能性があり、もしくは既に経験した「さよなら」があるならば、あなたの心に響くものがあると思います。
さよならは人生の節々で起きます。そんな時、この本が近くにあれば、新しい出発の力になると思われます。
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世界のすべてのさよなら (幻冬舎単行本)
人生は痛みによってそれらしくなっていくーー 別れと後悔の先のストーリー。 『野ブタ。をプロデュース』の著者、新境地。 30歳になった同級生四人の物語。 会社員としてまっとうに人生を切り拓こうとする悠。ダメ男に振り回されてばかりの翠。 画家としての道を黙々と突き進む竜平。 体を壊して人生の休み時間中の瑛一。 悠の結婚をきっかけに、それぞれに変化が訪れて……。 失われた時間と関係性を抱きしめながら、今日の次に明日が続く。
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— きんどう (@zoknd) July 3, 2017