こんにちは、きんどるどうでしょうです。新企画「きんどうが気になってる新刊を代わりに紹介してください(仮)」の4冊目。
『カクヨム』発、角川スニーカー文庫の青春小説「スーパーカブ」。いやぁ、ラノベといえばファンタジーがほんと増えていってますがスニーカー文庫はこういうものを打ちだしてくれるので、嬉しいですね。わたしもずっとバイクを趣味にしてるので本作、とても注目してました。
燃費も最強で安価、そして頑丈。全世界累計販売数が1億台も間近という名車とひとりぼっちの女の子が紡ぐ、日常と友情の物語をお楽しみください。
これはバイク乗りの話ではない
@Oritaka365です。
「不思議な作品……」、読み終わってまず最初に思ったことだった。表紙にはスーパーカブの前に立つ女子高生。口絵にはラノベらしく、ジャンプ系マンガ家「博(ひろ)」の描いたちょっとエロくて可愛いい絵が4枚。以上からフツーに考えれば、JKがスーパーカブに乗っていろんな女の子とどったんばったん大騒ぎになると思うところだろう。ところが、この作品大騒ぎしない。淡々と流れる日々に、主人公の女の子がゆっくりと、確実に成長していく物語なのである。
いわゆる日常物だが、ラノベにありがちな美少女動物園にはならない。それをまず感じさせるのが、美麗な口絵の次に目に飛び込んでくる目次だ。
50個並んでいる各章のタイトル、隙間に描かれた美しい富士山とそこに続く道のモノクロのイラスト。口絵の美少女どころか、カブさえ描かれていない(カブのマークはあるが……)。それだけで既にラノベの雰囲気を払拭された気になってしまう。
本編に入ると、その感覚が間違いでないことにすぐ気づく。
序盤では会話が殆ど出てこないのだ。ラノベでありがちな改行も少なく、一文が比較的長い。一般小説かと思わせるかのように文章が流れていく。
とはいえ、ラノベだなと再び感じ直せるのは、主人公が女の子であり、名前が小熊という不思議な名前であることだ。昔は「クマ」といった名前は女性名詞にあったが、今どきさすがに熊はないだろうと思いきや、小熊と言う名前はちゃんとした由縁に基づいて付けられている。カブに詳しい人なら当然とも言える名前だが、知らない人はWIKIるとすぐわかるし(ちなみに本文でも説明は無い)、ついでにカブの生い立ちなども読めばこの小説がより一層楽しめることだろう。
「スーパーカブ」はバイク乗りの話ではない
小熊は高校2年生。父に先立たれ、母は小熊が高校に上がるときに失踪し、天涯孤独の身の上だ。とはいえ悲惨な生活を送るでも無く、奨学金を受けて普通に高校に通い、ごく普通に生活している。そこにはありがちな悲惨さは微塵も無い。無趣味で地味で友達もいないが、虐められることも塞ぎ込むこともなく、まるで孤独を愛するかのように南アルプスの麓の町で学生生活を送っている。
そんな小熊がママチャリで通学していると、背後からスクーターが追い抜いていく。坂の多い町に住む小熊が、ふと「原付があれば何かが変わるかも知れない」と思うのも至極当然のことだ。そして出会ってしまうのだ。その何かを変える「モノ」に。
バイクはファンタジーである。こんなに簡単に異世界を垣間見れる「モノ」はそうそう見つからない。排気量や形などどうでもいい。バイクを手に入れたらそれに跨がり、エンジンを掛け、必要ならギヤを入れてアクセルを捻ると、一瞬でこの現実が異世界に変貌する。否、現実こそが異世界であることを実感するのだ。
そして、バイクはノスタルジーである。古いモノは古く、新しいモノはすぐ古くなり、いとも簡単に思い出に変わっていく。一台を乗り続けても、何十台も乗り継いでも、全ては否応なくノスタルジーに変わっていくモノなのである。
ところが、この小説は違う。いや、「カブ」が違うのだ。
ファンタジーやノスタルジーの要素はてんこ盛りで持ちつつ、それらを否定さえできるバイク。それがカブという「モノ」である。
小熊をカブに乗せば異世界に行かせることもできたはずだ。しかし、この小説では小熊は現実にとどまり、カブは小熊と共に生活を始める。ガス欠、買い物、オイル交換、パンク、バイト、カブの改造まで行いながら、全ては生活を基盤にし、そこから異世界へは出ない。しかし確実に、カブは現実を、小熊の生活を変えていく。カブによって小熊の世界は広がり、友達ができる。
礼子は小熊のクラスメイトで、美人で人気があり、地味な小熊には近寄りがたい存在だった。しかし、郵政カブを改造して乗っている礼子は、小熊がカブに乗っていることを知り、急速に仲良くなっていく。そしてこの礼子こそ、現実を行く小熊に対してファンタジーを体言するもう一人の主人公だ。
夏休み、礼子は小熊に行き先を語らずに向かった先で、冒険する。その頃小熊は、学校間のお届け物というバイトにいそしみ、カブが生活の糧すら賄うようになっていた。夏休みの終盤、どこからか帰ってきた礼子は小熊を自宅のログハウスに誘い、冒険の内容を語る。小熊は開口一発、「バカみたい」と言い放つ。礼子は笑う。
「バイクはバカにしか乗れない」とはアニメにもなった某バイクマンガの台詞だが、頷くバイク乗り(カブ乗りも含む)は多かろう。しかしこの作品のカブと小熊は、現実に根を張り、アスファルトを踏みしめ、細いタイヤと共に転がっていく。礼子の冒険はバカのやること。生活が変わっていく途中の小熊の「バカ」には、どんな意味がこもっていただろうか。
そんな小熊とカブだからこそ、ラスト数章で行われる小熊の冒険は(冒険というほどのものでもないが)、バイク乗りのファンタジーやノスタルジーをものの見事に粉砕し、「現実は現実のまま楽しめるのだ」と教えることができるのだろう。(とはいえ、ロマンス要素まで粉砕するのはやり過ぎかもしれないが……。)
この作品で、最もこの作品自体を表している一文が後書きにある。もちろん作者の言葉だ。
「夏になったら状態の良い中古のカブ90を買って、今のプレスカブは潰して部品取りにしようかなあ。」
この一文を読んで何を感じるだろうか。多少なりとも抵抗を感じる人はいるかもしれない。だが、そこに愛がないのかと言うと決してそうではない。カブがそこにある。ただそれだけが真実なのだ。この小説を読み終わった時、「生活」という枠の中にカブが入る日は、そう遠くならないかもしれない。
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スーパーカブ【電子特別版】(角川スニーカー文庫)
山梨の高校に通う女の子、小熊。両親も友達も趣味もない、何もない日々を送る彼女は、中古のスーパーカブを手に入れる。初めてのバイク通学。ガス欠。寄り道。それだけのことでちょっと冒険をした気分。仄かな変化に満足する小熊だが、同級生の礼子に話しかけられて―(……)世界で最も優れたバイクが紡ぐ、日常と友情。【書き下ろしショートストーリー「セカンドマシン」を収録した、電子特別版】
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