こんにちは、リアル書店員のケス・ノングです。
本屋大賞が恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」に決まってから、「それはなかろう」と、ぶうたれて勝手に「一人本屋大賞」の記事を書いていたのですが、別のセールが始まったので、慌ててそっちに切り替えて参上しました。
いや、「蜜蜂と遠雷」がつまらないのではないですよ。あれは傑作です。ただ、既存の権威ある賞へのアンチテーゼから始まった本屋大賞が、なんで直木賞と同じ作品を選ばないといけないのか、ってことなんですよ!はあはあ。という思いを隠してお店では大きな本屋大賞コーナーを作っているわけですが、そのジレンマがストレスとなっているようですな。いや、すみません。
気を取り直して、おススメ記事を書きました。なんとGW中、文藝春秋の本が片っ端から50%ポイントバックです。いくらでもおすすめ本があってきりがないので、いつもは文学作品メインで紹介していますが、今回は「ノンフィクション」というくくりで書いてみました。文春の本はノンフィクションの傑作が多いんですよ。 ではでは、よろしくお願いします。
文藝春秋50%ポイント還元より、注目のノンフィクション
「プロレスなんて」と思っている方も是非読んで
完本 1976年のアントニオ猪木
1970年を境に勢いを失った世界のプロレス。なぜ日本のプロレスだけが、その力を維持し続けたのか。その謎を解くべく、アメリカ、韓国、オランダ、パキスタンを現地取材。1976年の猪木という壮大なファンタジーの核心を抉る迫真のドキュメンタリー。※電子版には文庫版に収録されているアントニオ猪木インタビューは収録されておりません。
1984年のUWF
現在のプロレスや格闘技にまで多大な影響を及ぼしているUWF。新日本プロレスのクーデターをきっかけに、復讐に燃えたアントニオ猪木のマネージャー新間寿が1984年に立ち上げた団体だ。(……)彼らは何を夢見て、何を目指したのか。果たしてUWFとは何だったのか。この作品にタブーはない。筆者の「覚悟」がこの作品を間違いなく骨太なものにしている。「Number」に連載され話題となったUWF物語が一冊に!
一時期の低迷を脱して新日本プロレスが今ブームのようです。世代交代が進んで新たなスターが登場し、「プ女子」なる女性ファンが大会場を沸かせているとか。
しかし、以前は、日本プロレス界はとにかく「アントニオ猪木」という呪縛にとらわれていました。「プロレスこそ最強の格闘技である」という猪木思想は多くの熱狂的ファンを生み出しましたが、本来的に八百長である(勝敗は決まっていて、大きなけがをしないような配慮をしながら技をかけあう)プロレスと、そこは見ないふりをして報道するプロレスマスコミの実態は大きなひずみが生じていました(そこがまたおもしろかったわけでもありますが)。
著者の柳澤健は、「1976年のアントニオ猪木」において、プロレスマスコミからは一線を画した視点で、「プロレスは基本的に結末の決まったショーである」前提から、「その上でアントニオ猪木がガチ(真剣勝負)をした1976年の三つの試合」にスポットを当て、猪木幻想への決着を試みます。
いやあ、面白い。これはまさに、「プロレスなんて」と思っている方にとっても面白いし、かつて猪木ファンだった方にも総括となる刺激的な内容です。
そして出たばかりの最新刊「1984年のUWF」も50パーセント還元。アントニオ猪木に背を向けながら、「プロレスこそ最強」という猪木テーゼを主張し続けた伝説の団体、UWFとは何だったのかを、これまた今まで語られ続けてきた「前田日明史観」をすべて取っ払って新しい視点から総括します。オープニングの視点人物はまさに意外なもので、一気に引き込まれました。
この二冊を続けて読むと、アントニオ猪木のプロレス最強思想→UWFによる最強表現→完全リアルファイトの総合格闘技の出現と隆盛というのが一つの線として見事に浮き出てきます。おすすめです!!
時代劇専門ライターが見た東映の隆盛と衰退の大河ドラマ
あかんやつら 東映京都撮影所血風録
ヤクザとチャンバラ。熱き映画馬鹿たちの群像――型破りな錦之介の時代劇から、警察もヤクザも巻き込んだ「仁義なき戦い」撮影まで。東映の伝説秘話を徹底取材したノンフィクション。(……)破天荒な映画人たちの歴史がある。破格のスター・中村錦之助、鬼と呼ばれた製作者・岡田茂、「緋牡丹博徒」藤純子の心意気、照明。殺陣師ら裏方の職人たち――。エロとヤクザとチャンバラと。熱き映画馬鹿たちを活写した決定版ノンフィクション。
鬼才 五社英雄の生涯
『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち』『陽揮楼』『吉原炎上』『三匹の侍』『人斬り』……極彩色のエンターテイナー、映画監督・五社英雄。(……)稀代の“ホラッチョ”五社の証言は、背中の彫り物ひとつをとっても同じ人物のものとは思えないほどときにブレる。どこまでが真実でどこからが嘘なのか? これは、全身エンターテイナー──「人を喜ばせる」ことに生涯をかけた男の、ハッタリ上等、虚々実々の物語である。
著者は1977年生まれと若いのに、時代劇専門ライターとして素晴らしい働きをしています。すでに多数著作がありますが、この「あかんやつら」が特にすごい。熱すぎます。
「時代劇」という観点から少し俯瞰して、東映という映画会社の、それこそローマ帝国の歴史ものを読むような、隆盛と衰退の大河ドラマが語られます。
スタッフも、俳優も、そして社長も重役もとにかくトンパチ。今だったら超ブラックで完全アウトな企業の作り出す熱気は、作品にも異常な迫力を与え、それがまた会社にもフィードバックし、「熱気と狂気のあかんインフレ」と化します(笑)。「撮影で警官から本物の銃を借りた」とかあかんすぎます!!
そして独特の美意識と過剰な演出、それが私生活にまで入り込んでついには全身に入れ墨までしてしまい、銃刀法違反で逮捕されるなど、これまたあかんすぎる映画監督五社英雄のその壮絶な人生を描いた「鬼才 五社英雄の生涯」も50パーセントバックです!
実はこの著者は「天才 勝新太郎」も最高に面白いのですが、そちらはKindle版がありません。紙の本でぜひ読んでください!
歴史に残る超絶傑作ノンフィクションジャーナリストが徹底した調査本
「南京事件」を調査せよ
戦後70周年企画として、調査報道のプロに下されたミッションは、77年前に起きた「事件」取材だった。「知ろうとしないことは罪」――心の声に導かれ東へ西へと取材に走りまわるが、いつしか戦前・戦中の日本と、安保法制に揺れる「現在」がリンクし始める……。数々の賞を受賞してきた伝説の事件記者が挑んだ心境地。「本書は、戦争をほとんど知らなかった事件記者が、ひたすら調べ続けて書いたものだ。だからこそ、戦争を知らぬ人に読んで欲しいと願っている。(「まえがき」より)」
清水潔といえば、あの歴史に残る超絶傑作ノンフィクション「殺人犯はそこにいる」の著者。「桶川ストーカー事件 遺言」もそうでしたが、とにかく「一番小さな声を聴く」をモットーとした徹底した取材で警察の捜査をも凌駕する、調査報道の鬼です。
そのジャーナリストが、なんと南京事件に挑む。南京事件といえば、「虐殺はあった」「いやなかった」「あったけど被害は微々たるもの」「いや、三十万人死んだ」とか、イデオロギー的な側面もあって専門家の間でも結論の出ない歴史上の難物。
そこに清水潔が切り込みました。その方法は、これまでと同じ、シンプルにして骨太で、そして正しい手法。つまり、可能な限り多くの一次資料を読み漁り、まだ生きている証人に話を聞く。当然ながら、そこから導き出される結論は、説得力があり、邪魔な思想など入り込む余地がありません。というか、なぜ今の今までこういったまともな手法がとられなかったのか、不思議でなりません。
これはおススメ。「殺人犯はそこにいる」もぜひ読んでください!
今や世間からはすっかり忘れられている二大事件を読み解く
捏造の科学者 STAP細胞事件
第46回大宅壮一ノンフィクション賞 書籍部門 受賞! 誰が、何を、いつ、なぜ、どのように捏造したのか? このままの幕引きは科学ジャーナリズムの敗北だ。(……)若き女性科学者・小保方晴子氏。発見の興奮とフィーバーに酔っていた取材班に、疑問がひとつ、またひとつ増えていく。「科学史に残るスキャンダルになる」――STAP細胞報道をリードし続けた毎日新聞科学環境部。その中心となった女性科学記者が事件の深層を書き下ろした!
ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌
稀代のペテン師・佐村河内守の虚飾の真相! 18年間、ゴーストライターを務めた新垣隆の懺悔告白によって暴かれた、何重にも嘘に塗り固められた佐村河内守の虚飾の姿。二人の共犯関係はなぜ成立し、誰もが騙され続けたのか――。(……)週刊文春が告発した佐村河内守のゴーストライター事件の全貌。第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。
「今や世間からはすっかり忘れられている二大事件」ですね(笑)。
逆に今読むことで、客観的な視点が持てるでしょう。また両作品とも、流行っているときに促成栽培で作られた本ではなく、綿密な取材でしっかりと作りこまれた実に骨太な作品です。つまり、世間の流行に左右されない普遍性があります。
「捏造の科学者」はその後出た小保方さんの「あの日」と、「ペテン師と天才」は佐村河内氏に密着した森達也監督によるドキュメンタリー映画「FAKE」と併せて見るとより一層楽しめるでしょう。
漫画家・東海林さだおのエッセイ3部作
ショージ君のにっぽん拝見
ストリップに身をわななかすかと思えば、エサのない針を悠然と海に垂らし、美人がいるときけば秋田くんだりまで飛んで行く。またある時は碩学岡潔センセイの前に端座して頭をたれ、チリ紙交換の車に同乗して「毎度おなじみ……」をやり、はたまた競輪学校へ入学し(……)当代人気漫画家・東海林さだおの身を挺しての爆笑ルポ。名作『助けてください』も収録。
ショージ君のぐうたら旅行
いつのまにか旅から哀愁とロマンが失われ、ただ騒々しい団体さんの移動となり下ってしまった。これではあんまり旅が可哀そうだ。このような世の風潮を嘆きつつ、ショージ君がホンバモノの旅を求めて、日本最北端の地で涙と鼻水をたらし、信濃路でタヌキ汁を賞味し(……)五木寛之センパイに金沢を案内してもらうショージ君の抱腹絶倒の旅。
ショージ君の青春記
妄想といっては哀しく、純粋というには怪しすぎる初恋をした高校時代。一年浪人の末、九つの学部を受験して、めでたく早稲田大学露文科ダケに合格。さあ女のコにモテるぞ、と張切るが現実はきびしい。青春と恋とはギョーザとニンニクの如くセットのはずなのに、実にグヤジイ(……)プロを目指した辛い売込み時代などを回想する漫画チックな放浪記。ショージ君の原点がここにある。
最後にエッセイを。
東海林さだおはもともと漫画家ですが、とにかく抜群に文章が面白くて上手なのです。特にこの初期の三作は1970年代に書かれ、さすがにネタは古いものの、しかし面白さはまるで古びていません。軽妙な語り口に、時に妙に文学的な例え、そして何よりショージ君特有のひがみとねたみ(笑)。
特に「青春記」は笑いの中にも切なさ、希望があって、青春文学としても秀逸なものとなっています。ケス・ノングはもう何回読み返したか。ショージ君が下宿して初めて作ったカレーに対して謳いあげられた「肉だらけのカレーを讃える歌」は今でも暗唱できるくらいです(笑)。ああ、肉だらけのカレー。
この三作、いまでは紙本は絶版でKindle版のみとなっています。50%還元の今こそ買いです!!
以上、文春のノンフィクションのおススメでした。いやあ、これ以外にもいくらでもおススメできるなあ。きんどうさんさえよければ続編書きたいところです。まあGWセールなんて言っても、書店員にGWはありませんけどね! では仕事に行ってきます!
この記事を書いた人:ケス・ノング
某チェーン書店で文芸書・文庫を担当。自分は人に薦めるくせに、人に薦められると読みたくなくなる天邪鬼。昔は年間300冊は読んでいたが、年々集中力が衰え今は年間80冊くらい。
Amazonプライムのおかげで映画やドラマも見てしまうので全然時間が足りなくて一週間が四週間くらいあればいいのに、とかバカなことばかり考えているからよけい本が読めないという悪循環に陥りがちな中年真っ盛りです。
⇒ 続きを読むきんどるどうでしょうさん(https://t.co/RE48GleBBa)のところで、本の紹介をさせていただいております。サイトの「ゲスト」をクリックすると、私の紹介した文章が読めます(「ゲスト」のすべてが私のものではありません)。
— ケス・ノング (@kesnong) March 31, 2017