はじめまして、作家の松下彩季(まつしたあやき) です。ゲーム誌などでは「サガコ」の名前でライター業もやっております。
この度、3年ほど前のデビュー作『リペットと僕』がKindleにて配信されることとなり、私が一番ビックリしました。電撃大賞の選考から拾い上げていただいて、デビュー作を形にしたところまではなんとかなりましたが「発売後すぐに「2巻ムリです。今書いてる原稿はボツで」って引導渡された『リペ僕』が、どうして今……」
その後は出版業界を取り巻く現実の厳しさと自分の筆力のなさにグルグルと絡めとられて、今日に至ります。
今回はこの場を借りて、デビュー作で盛大にすっ転んだ後に病気になって書けない時期が続いたり、「売れるって、どうやるの!?」「なに書いたらいいの?」と考えすぎた結果、今も次の単行本が出せていないダメ人間サイドの私が、『リペットと僕』のKindle化に際し「なぜ『リペットと僕』は売れなかったのか?」という点について分析します。
ライトノベルで商業デビューを考えている方、個人創作で頑張られている方など自作品を売りたいと考えている方のお役にたてば幸いです。
ビックリするほど売れなかったラノベが出版社にKindle化してもらえたので作家の後悔を聞いて欲しい
売れなかった理由その1:「獣耳の男子が脱ぐわ、吐くわの大暴れ! 内容が電撃文庫らしくなさすぎた」
『リペットと僕』の物語は、政府機関からコミュ症(コミュニケーションに難あり)と認定された少年少女と、彼らに対してのみ強制的に与えられる限定感満載のかわいい人工生物・リペットが、3年という与えられた期限のうちに手に手をとってコミュ症克服を目指す、という日常系ドタバタ、最後は涙……なストーリーです。
ここでCMです!『リペットと僕』が電子化されました!
リペットと僕
ある日宅配便で相田颯太の家に突然届いたのは、注文した覚えのないドールハウス。中を調べると手の平サイズの人型生物が飛び出してくる。おっさんにしか見えないそいつの話を聞くと、どうやら彼は颯太のリペットとのこと。動物の姿をしていないリペットの登場に動揺する颯太を尻目に、説明書を読み上げるおっさん…。こうして颯太とリペットの奇妙な同居生活が始まるのだった。
発売直後は読んでくれた方から「電撃文庫らしくない」とか「ラノベっぽくない内容で、ほっこりしちゃったよ」などとよく言われたものでした。この内容、この世界観でもって出版にこぎつけてくださった担当編集さんと編集部には本当に頭が上がりません。
だって物語の冒頭から、小さい獣耳オッサンの姿をしたりペット・オモカゲは派手に嘔吐するし。突然、成人男性化して全裸で服を破ったかと思えば、飼い主に股間を見せつけたりしてるし……。ダブルヒロインの千乃ちゃんとマキアがいっしょにお風呂入って胸のサイズアレコレするシーンもあるけど、と同時に主人公とオッサンもいっしょにお風呂入るシーンがあるし……。
BLのようであり、疑似姉妹恋愛のようでもありつつ、巨乳のお姉さんが弟を溺愛してたりして、しかも物語のあちこちにまんべんなく全裸シーンが散りばめられている『リペットと僕』……。だんだん自分の趣向に自信がなくなってきましたが、獣耳のハダカがお好きな人には自信を持ってオススメできます……たぶん!
私がこの物語で描きたかったのは「誰もがみんな、きっとひとりじゃない世界」でした。人とのコミュニケーションが不器用な人にでも寄り添ってくれる何かに、きっと巡り会う。それは人間じゃないかもしれないし、ペットかもしれないし、本や音楽や食べ物や、二次元や無機物や空想物かもしれない。「そんなの普通じゃないよ」って無意識に押し付けてくる周囲とのズレに悩みつつも、リペットと出会った飼い主たちが「普通ってなに? 普通って、そんなに大事なの?」と、生きていくための「ほのぼのとしたやわらかな強さ」を手に入れるべくがんばっていく……そんなシリーズにしたいなと思っていました。
若者として不良品の烙印を押された主人公のソータと、不良品のリペットとしてやってくる獣耳のオモカゲとの出会い——変化を毛嫌いし、プライドばっかり高いソータがどんな風に変わっていくのか? 自分のことを「ニンゲンとして不良品だなぁ」と思ってしょんぼりしてしまいがちな、私みたいな人に、ぜひ読んでいただけたらと思います。
と、まあこんな感じの作品ですので、読む人を選ぶ完全変化球のまるっきり「異端」の作品であり、拙い作品だったと我ながら思います。だからこそレーベル的に冒険していただいたにもかかわらず、結果を出せなかったことは今もすごく申し訳ない気持ちであり、そんな『リペットと僕』をKindle化していただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
やはり出版社やレーベルごとに「色」というものはあり、それに沿った読者さんの層があります。デビューして売れるということを意識するのであれば、賞に応募するにしても客層を見定め、自分の作風を見定めることは必須かもしれません。まずは書きたい内容を書いてみて、自分のカラーを積極的に認識していくことは大切ですね。
そういえば今「けものフレンズ」が隆盛の2017年……2013年の『リペットと僕』は早すぎたのだろうか?(そんなわけない)
売れなかった理由その2:「勝手に続刊を見込んで、一流作家の気分でのんびり書きすぎた!」
当時の私は、ライターとして雑誌の世界しか知りませんでした。雑誌は一定期間で書店から消えゆくのが当たり前の出版物です。それもあって、小説やマンガなどの単行本が「初動」と呼ばれる発売初週の売上を大事にしていることを頭ではわかっていても、それについてを実際に肌身で体験したことはありませんでした。とにかくデビューできることが、ただただ嬉しすぎたのです。
『リペットと僕』が発売されたタイミングでは、私は編集さんと打ち合わせを済ませてプロットを書き上げ、すでに続刊の執筆にとりかかっていました。しかし発売後1週間で、唐突に言われたのです。
「続刊は無理です」
私は驚愕するしかありませんでした。だって本屋に並んでたった1週間ですよ!?
賞もとっていない小説がいったいどうやったらたった1週間で話題になって、ドカーンと売れるというのか……。あるわけないよね、そんなミラクル!!
しかしどう言い訳しようとも、それが目の前の現実でした。私の代わりはいくらでもいるし、誰も私の小説を待ってはいないし、どれほどの無理ゲーであっても「初動」という最初のハードルをクリアしない限り、先はなかった。(注:あくまで続刊が無理なのであり、別の新作を書くチャンスはいただきました)
つまり、じっくりシリーズとして積み重ねていきたいと思って書いていた事自体、見込みが甘かったのです。一度売れて有名作家になってしまえば可能なことでも、新人の作家にはまったく適用されないことがたくさんあるのだと、身をもって知りました。
出版社やレーベルによって「待ってもらえる余裕」というのは異なるかと思いますが、とにかく私の『リペットと僕』は待つとか待たないとかを飛び越えて、お話にもならないほど売れなかった、ということなのだと思います。落ち込みました。今もなかなか抜け出せず、その「落ち込み沼」でもがいています。
レベル1の無名の作家であるからこそ、内容がキャッチーであることやインパクトが強いアイデアが盛り込まれていることは大きな武器になります。むしろそれを意識して装備しなければ、高レベル帯の作家さん達にネームバリューだけでホイホイと駆逐される厳しい世界——それが本屋さんであり、出版業界という名の夢の世界なのです。
アイデアなり、展開なり、筆力なり、とにかく最初の数ページで読者のハートを一本釣りしてぶん殴って抱きしめて離さないぜ! っていうスピード&パワーは本当に大切です。
売れなかった理由その3:カリスマ編集者は見抜いていた——「毒」をはらんだ文章は「売れない」!
昨年、ライターとしての仕事で、某レジェンド級の編集者さんにお会いする機会がありました。面と向かってお話するのは初めてだったのですが、『リペットと僕』のことは知っていてくださったので勇気を出して尋ねました。
「『リペットと僕』はまったく売れませんでした。どうすれば売れる小説が書けるようになりますか?」
すると、じつにストレートに「売れない理由」を教えていただいたのです。
「あなたの小説にはリアリティと、それに伴うわずかの毒がある。だから、夢の世界を読者に提供するお話が人気の、あのレーベルでは売れないと思った」
ガツーン!!
直球な言葉は非常にショックでしたが、しかし、すとんと腑に落ちました。
私が『リペットと僕』にこめたのは、かつて大好きだった名作「とらドラ!」で触れたような、コメディの中にもある人間のリアルさや、人間の心の見たくない部分に触れるような真実味でした。物語にリアリティがあってこそ、リアルな感動が生まれると思ったからです。
だが今の時代の読者が、そういった「心のリアルに触れ、痛みを伴ってでも共感・感動したいもの」を読みたくて、電撃文庫というレーベルの中から本を手に取るかどうかはまた別の話だったのです。
くわえて、編集者さんはこうも言ってくれました。
「『リペットと僕』は、いい話だと思いました。だけど、いい話であることと、おもしろいということと、売れるか売れないかということは、それぞれに別の話なんです」
「別の話」。それは今のヒット作に必ずついて回るようになった、ある種のキーワードのように思います。『君の名は。』の大ヒットにしても、作品そのものをすごく評価する人、逆にちっとも評価しない人、いろんな意見が入り乱れました。でも現時点ですごく売れて、各方面を幸せにしたコンテンツであることは間違いないのです。
小説 君の名は。
山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は、自分が男の子になる夢を見る。見慣れない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。一方、東京で暮らす男子高校生・瀧も、山奥の町で自分が女子高校生になる夢を見る。やがて二人は夢の中で入れ替わっていることに気づくが―。出会うことのない二人の出逢いから、運命の歯車が動き出す。長編アニメーション『君の名は。』の、新海誠監督みずから執筆した原作小説。
良作が売れるという最高の理想と、売れたから良作であるという逆説的な現実と。どっちがいいとか悪いとか、いろいろ言う人はいるかと思うのですが、作家的には「なんでもいいから売れてくれ! 食えるようになりたい!」というのが包み隠さぬ本音かと思います。
「売れるものをつくる」ということは、「私がおもしろい」とか「世間的に良作であること」とは違うレイヤーで強く意識する課題であると同時に、意識したところでつかまえがたい難題なのかもしれません。またデビュー後の作家にとっては、作家のプロデューサーたる編集さんとの二人三脚がモノを言う、合わせ技の領域ともいえそうです。
売れなかった理由その4:「売れるまで書き続けるしかねぇんだよ!!」 書かなきゃそこで試合終了だ!
最後に、カリスマ編集さんはこう言いました。
「とにかく、なんでもいいから諦めずに物語を書き続けることです。書き続けて、作家であり続けてください。それしかないんです。書き続けるということがいかに難しいか、いかにすごいことか、あなたはそれを身をもって知ってるでしょうから、どんな場所でもいい、どんな形だっていい、とにかくなんとかして書き続けてください」
もっとも単純で。もっとも難しいこと。結果が出ようが出るまいが、書き続けたいと思うこと。そして、実際に書き続けること。
私がなにかと仲良くしていただいていて、尊敬している2人の先輩作家さんも、ずっとずっと「書き続けて」いらっしゃいます。それがどれだけスゴイことか、本当に身を持って知るばかりです。
大先輩の永嶋恵美さんは、イヤ〜な気持ちにさせるサスペンス=イヤサスの名手です。何をどうしたらこんなにイヤ〜な予感しかしない話が書けるの!? というほど、読んだらジットリとイヤな汗が滲む作品が次から次へ……。怖いです。いろんな意味で怖いです。
廃工場のティンカー・ベル
廃工場、廃線、廃校……etc.人けなくうち捨てられた廃墟には、何かの気配が残っている。いつまでも消えることなく、時間を経るほどにむしろそれは強く漂う。人生に疲れたら、うら寂しい場所に行ってみよう。その何かが足下を照らし、背中を押してくれる。閉じこもりOL、家出少年、行きづまった事業主──彼ら彼女らの今を劇的に変化させる6つの物語。心に響く短編集。
しかも永嶋さんは「映島巡」名義で、ゲーム関係の著作も多数。『ドラクエ』『FF』『戦国BASARA』シリーズなどのノベライズに、マンガ原作なども含めると、こなしてる仕事の量が半端なーい!! しかも各作品のカラーの違いにも柔軟に対応されていて、本当に学ぶところが多いのです。
無論、たしかな筆力あってこそのマルチな活躍なわけですが、「私にはこれしか書けない」なんて決めないでチャレンジする気持ちも、未知の領域を調べに調べて自分のものにしていく努力も、プロとして大切なんだと教わっている気がします。
もう一人ご紹介したい先輩が、名取佐和子さんです。そもそもはゲーム関係のライターとしてお会いしたことが出会いのきっかけでした。名取さんは『テイルズオブ』シリーズや『ドラッグ オン ドラグーン』シリーズなどのシナリオライターとして活躍されたのちに、小説家としても活動の場を広げた方です。活躍されている名取さんの背中を見て「私にも、あんな風に物語が書けるだろうか?」と一歩踏み出したことは、私にとってすごく大きな転機となりました。
ペンギン鉄道 なくしもの係
電車での忘れ物を保管する遺失物保管所、通称・なくしもの係。そこにいるのはイケメン駅員となぜかペンギン。不思議なコンビに驚きつつも、訪れた人はなくしものとともに、自分の中に眠る、忘れかけていた大事な気持ちを発見していく……。ペンギンの愛らしい様子に癒されながら、最後には前向きに生きる後押しをくれるハートウォーミング小説。
自分が思う名取さんの作品のスゴさは「やさしいのにゾッとする」とか「ゾッとするのにやさしい」というような、相反する雰囲気が共存しながら物語の中にきちんと収まっているところです。いろんなキャラクターがたくさん出てきても、それぞれのセリフや行動でしっかり個性が描かれているので、ごちゃごちゃしない群像劇に仕上がっているところなどは巧みだなぁと思います。
最終的にバラけていた糸が1本にまとまって、泣けるクライマックスへとぐいぐい紡がれていくあたりを、なんとかして技術的に盗めないものかと思ったり。しかしもちろん、そんな簡単にはいかないわけで。
とにもかくにも、プロの作家になったからには、プロの作家であり続けるために書き続けること。何がどうあれ、世に出せる作品を意地でも仕上げていくこと。ド根性を忘れずに、食らいついていこうと思います。
そんなわけで自著を例にして「売れる小説ってなんだろな?」ということを分析してまいりました。作家を目指す方の参考になれば嬉しいです。そしてよかったら、あまりにも地味すぎて、あまりにも突飛すぎた『リペットと僕』が、いったいどの程度ダメだったのか、いったいどのくらい足りなかったのか、ぜひKindleにてご確認いただけましたら幸いです。
いつか、ちょこちょこと書き溜めているリペットの続きが、どこかで日の目を見ればいいなと思います。松下彩季ことサガコがお届けしました。次はきっと新刊で、お目にかかりたい! です!
リペットと僕
ある日宅配便で相田颯太の家に突然届いたのは、注文した覚えのないドールハウス。中を調べると手の平サイズの人型生物が飛び出してくる。おっさんにしか見えないそいつの話を聞くと、どうやら彼は颯太のリペットとのこと。動物の姿をしていないリペットの登場に動揺する颯太を尻目に、説明書を読み上げるおっさん…。こうして颯太とリペットの奇妙な同居生活が始まるのだった。
この記事を書いた人:松下彩季
小説家とライターの二足わらじ。松下彩季(まつしたあやき)名義で「リペットと僕」発売中。シナリオ書いたり書籍作ったり。「悩むだけ損!」シリーズも好評発売中。水どう、ニーアとかICOとか、さとう監督マン作品など大好き。
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松下彩季の名で小説を書き、サガコという名でゲームアニメの記事やシナリオ等を書いてます。(๑•̀ㅂ•́)و✧— サガコとか彩季とか (@sagakobuta) August 9, 2016